エトワール海渡
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薬研掘 やげんぼり


エトワール海渡のある問屋街の最寄り駅、
都営浅草線の東日本橋の駅のそばに「薬研堀不動院参道」という看板があります。
東日本橋の駅からすぐのところ、ビルの谷間に「薬研堀不動院」はあります。
「薬研堀不動院」は川崎大師平間寺東京別院で、
目黒・目白と並んで江戸三大不動として知られています。
 
 
「薬研堀」は「やげんぼり」と読みます。
「薬研」とは薬種を細かく砕く器具の名称で、舟形で底がV字型になっていました。
 
「薬研堀」という名称をたどると、「江戸」時代にさかのぼります。
 
江戸時代、両国橋の西から浅草橋の南東に「矢ノ御倉」と呼ばれる米蔵があり、
その周囲を堀がめぐらされていました。
元禄11年に米蔵が火災により焼失し、その後、米蔵は築地へ移転しました。
火災の後、堀の大部分が埋め立てられましたが、隅田川口近くに一部残されていました。
その堀の形が「薬研」に似ていたことから、「薬研堀」と呼ばれるようになったようです。
 
 
この地域には、医者や薬種問屋が多く住んでいたそうです。
この薬研堀で生まれた「七味唐辛子」は、通称「やげん堀」とも呼ばれ、
江戸の名産の一つであったようです。
現在でも江戸時代から変わらぬ味を伝えています。
 
 
明治35年、「貴金属小間物製造卸」としてスタートしたエトワール海渡も、
関東大震災後、薬研堀で商いをしていました。当時の店員は30名でした。
上部画像は、その当時の当社店舗の写真です。


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